うゆ

汎発性脱毛症と闘うナース
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Love! → 音楽、運転、食べること\( ˆoˆ )/

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1年前は1ヶ月前は1週間前はこんなことがあるなんて思いもしなかったよ。今年こそは良い意味で「人生何が起こるかわからないな」ってことがたくさんあると良いなって思ってたよ。生きていると時に大切なものと大切なものを天秤にかけなければならない時がある。彼の人生だもの。人生一度きりだもの。やりたいことやってほしい。自分の命が終わるときに悔いは少ない方がいいに決まってる。やらないで後悔するより辛い決断をしてまでも挑戦したほうがきっといい。わかってるけどね。でもね。これまであなたが築きあげてきたものがあまりにも大きいからあなたの存在を必要としている人があまりにもたくさんいるからわかりました、ってすぐには呑み込めないよ。それでも、究極は、遠く離れてしまっても別々の道を歩むことになってしまっても元気で、笑って、生きていてくれたらそれでいい、って思う。あなたがたくさんの大切なものを手放してまで貫き通したかった音楽が心を苦しめてまで下した決断があなた自身を苦しめることがないようにいつまでも心から音を楽しむ人で居られるように祈ってるよ。みんながそれぞれ自分らしくこれからも笑顔でいられますように。辛いときは寄り添ってがんばれるときは背中押すからみんなのこと信じてるから1人じゃないから。大丈夫。

初海外✩初韓国

3/25-26と行ってきました!23歳にして初海外。初韓国。修学旅行は小中高と全部関西圏だったし家族とも1回も行ったことなくて…大学行った子達は卒業旅行とかしたみたいだけどそんな機会もなかったので遅めのデビュー。パスポート作りから始まって…お金かかった〜色々と(´._.`)飛行機は大好きなANA!信頼と実績の全日空*⋆✈︎仁川はかなり広くて迷うって口コミがあったもんで、羽田⇔金浦で行ってきました。飛行機見るの好きだから空港にはもう何回も行ってるけど実際飛行機に乗るのはすごい久しぶりで搭乗手続きとかこんなに時間かかったっけ?ってなった。おまけに国際線ってほんっとめんどくさいのね!くぐり抜けるとこ多すぎない?あれもダメ、これもダメ、って制限多すぎない??日本から出るまでに一苦労だよもう⸜(๑⃙⃘.๑⃙⃘)⸝でもそれもたぶん、わたしが海外初めてでおまけに心配性だからあれもなきゃ困るかな?これも持ってた方がいいかな?って荷物が多すぎた結果なんでしょうけども。笑もっと身軽に行けたら楽なんだろうね。あとは何より、既往にイレウス(腸閉塞)があるから飛行機の気圧の変化が本当に怖くて機内食ちゃんと楽しめなかったのが残念。。以前、同期3人で高知に旅行に行った時帰りの飛行機の中でなっちゃったんだよね。すっごい気持ち悪くなって、具合悪くなっちゃって。結局飛行機降りてから家に帰るまでに3回ぐらい吐いたな。とにかくすごい大変だったっていうトラウマがあって(汚い話で申し訳ないஇ)だからねー、やっぱり飛行機は見るのが1番(笑)* ⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒ *韓国着いて1番に思ったことはとにかく空気が汚いᐠ( ᐝ̱ )ᐟ(失礼かもだけど、本当に汚かった)地面と空との間にグレーの空間が存在するの。霞んでるの。排気ガスとか、あと中国から飛んでくるPM2.5とかで。明洞はとにかく都会で日曜だったから人、人、人…すごい人。日本で言うと原宿になるのかな?全然まっすぐ歩けないし客引きはすごいし田舎っ子にはしんどい場所だった_(:3 」∠)_わたしはインスタ映えする写真とか別に興味ないんだけど一緒に行った子達がキャッキャッ♪てすごい盛り上がってて終始(´?ω?`)ってなってた。かわいいものはかわいい!って思うしおいしそうなものはおいしそう!ってもちろん思うけどそんないろんな角度から同じものの写真撮る必要ある…?って疑問だったよ。終始。同期はみんなわたしより2つ上なんだけど自分で自分のこと、年齢詐称してんのかな?って思ったもん。☜* ⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒ *ごはんはおいしかった!全部!ククス、マンドゥ

言いたかったこと、やりたかったこと

こんにちは。うゆです。生活の中で出かける場所がほぼほぼ病院のため…・仕事(内科)・通院(皮膚科)・通院(歯医者)・母親の付き添い(脳神経科)・おばあちゃんの送迎(総合病院)全然書くネタが無くて。更新できず。笑これだけ網羅してるって逆にすごいよなあ。親にもおばあちゃんにも、「毎日どこかしらの病院行ってるね」って言われるくらい。なのですが、昨日は怒涛の1日だったというか新たな一歩を踏み出せた!って自分で実感できた日でして。まずひとつは、今の勤め先に「5月いっぱいで辞めたいです」って伝えられたこと。前にも書いたけど雇い主(医者)が、とにかく本当に感情の起伏が激しすぎて明らかにこっちは悪くないってことの責任を取らされたりカルテ投げられたりゴミ箱蹴っ飛ばしたりキャスター付きの椅子で足轢かれたり本当に酷い人だったもんでもう我慢の限界で。そしたらね、もう毎日毎日胃が激痛で胸焼けと吐き気が続いてしょうがないから医者に行って診てもらって。胃薬4種類飲んでたけど全然治らなくて。で、胃カメラやってもらったらなんと、胃も食道もばっちり綺麗。えっ?(゚ロ゚)ってなってたらお医者さんに「ストレスだねー大変なんだねー」って言われ…今、軽い安定剤を飲みながら出勤する毎日なんです。もーほんとに、カンベンしてくれよって。もー病気はいいよ、って。でも原因が確実に明らか(雇い主のせい)だったからこりゃもう辞めるしか治らないじゃーんって我慢してたものがプッツーンて切れて昨日全てお話しして、辞めさせてもらえることになりましたとさ。めでたし。でもそんな話をしても原因が自分だってことに微塵も気づいてないんだよなーほんと、世の中あんなおめでたい人っているんだね。いろんなこと気にして、神経使ってるのがアホらしくなったよん。それで、辞めてどうするの?って感じだけどそれがふたつめ。ようやっと自分の中でやりたいことが固まってきてちょうどタイミングよく、良い機会を頂くことができたので…4月の中頃に面接、行ってきます。もう看護師はしません。今までズルズルしちゃってたけど、もうきっぱり辞める。でも自分が看護師になるまでの時間や看護師になってからの知識や経験は今のこの決断を下すために絶対必要なものだったんだって胸を張って言えるから看護師になったことも、そしてこれから看護師ではない道を歩むことに対しても後悔はしてない。まだ面接も受けてないけど受かる気でいないと受かるものも受かんなくなっちゃいそうだから(笑)明るく、笑顔で、前向きにがんばってきます。家に帰ってきてから両親にもこのふたつの話しました。ちゃんと、自分が考えてきたことを言葉にして真っ直ぐに伝えたつもり。お母さんは、複雑そうだった。わたしが看護師でいることに1番誇りを持ってたのは多分お母さんでわたしに看護師を続けてほしかったって1番思ってるのも多分お母さんだからわたしが看護師辞めて違うことやる、っていうのに少なからずショックな気持ちがあったんだと思う。でも色々ぶつかり合いながらでもわたしと一緒に病気と向き合ってくれた人だからきっと応援する気持ちも持ってくれてると思う。し、思いたい。笑もしも採用してもらうことができたら勤務先は地元とは遠く離れた場所になっちゃうからその心配も大きいんだと思うんだけどね。お父さんはちゃんと言葉を返してくれて「遠いのはちょっと心配だけど…でもうゆが前向きになれたってことが、よかったよ」って言ってくれました。ありがたや、父上。というわけで長くなっちゃったけど受かるか否かはまだわからないけどとりあえず新たな一歩を踏み出せました。少しずつだけど、前に進めてるね。ウサギとカメ。カメでいい。カメがいい。ゆっくりでも一歩ずつ𓇼𓆉

ブログのタイトル

今更感満載ですがそしてもしかしたらお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが6月にブログを始めて以降、ちょくちょくブログのタイトルが変わってます。1番初めは「ナースうゆ奮闘記〜汎発性脱毛症と闘う〜」次が「ナースうゆ奮闘記〜汎発性脱毛症と向き合う〜」今が「うゆ奮闘記〜汎発性脱毛症と生きる〜」ナースがついてるかついてないかは全然どちらでもよいのだけど…「ナース」っていう肩書きや縛りに疲れた為に今はとりあえずつけずにいます。大事なのはサブタイトルの方で。大事なのにサブタイトルなんかい!って感じだけど。笑闘う⇨向き合う⇨生きる っていう言葉の変わり方に自分の心境の変化を表しているというか。何が何でも良くなりたい!どんな治療でもやってみたい!病気になんか負けない!って思ってた頃が「闘う」の時期。なんでこんな病気になっちゃったの?なんか悪いことしたかな?わたし。過去の何かに対する罰なのかな?そういう体質なの?仕方ないことなの?って、病気になったことについてあれこれ考えを巡らせていた頃が「向き合う」の時期。髪まだ生えないなー良くなってきてる感じないなーどうしよー?新しいウィッグいい感じだなー外出るのも全然平気だし仕事もできるようになってよかったねーっていうのが今の「生きる」時期。たかがタイトル。されどタイトル。それからこうやってブログを書いて自分の思うことや経過を言葉にして綴ると心の中や頭の中が整理されていく気がする。誰かに話す、っていうことも同じ類のことだけど病気が病気だけに、なかなか他人には打ち明けられないことも多いからやっぱりこういう形で言葉にするのがすごくしっくりくるし、楽になれる。会ったことはなくても、同じような経験や気持ちを抱える方たちと繋がれてるっていう安心感もあるし。「闘病」っていう言葉があるくらいだから病気ってのは闘うもんだっていう固定概念があるのかな。それもまあいいでしょう。一理あるでしょう。闘う気持ちがなければ治すことはできないのかもしれないし。でもきっとそれだけじゃないんだろうなあって思うんですよね。闘おう、闘わなきゃ、って思って頑張り続けたらいつかきっと疲れてしまうし頑張り続けた人ほど、糸はどんどん張り詰めて何かの拍子にプチンと切れてしまうから少し弛みを持たせるくらいがちょうどいいのかなーなんて思ってます。もちろん頑張らないほうがいい、ってことではなく。病気の捉え方ってのはその人の考え方とか病気になってからの時間とか立場とか環境とかいろいろ絡み合ってくるから例え同じ病気だとしてもすべてがみんな同じ、ってことはないしそれぞれ思うことや考えること、感じることは自由。例えばわたしが"X"っていう何かの事柄を発信したとしても受け取る人によってAでもあり、Bでもあり、Cでもあったりする。それは誰にも否定できない。受け取り方は、自由だから。だからわたしは、あんまり"これはAだと思うんですよ!"とか言わないようにしてる。Xに対するいろんな人の素直な意見や考え方を聞きたいし、知りたいと思う。周りの人が、"わたしは脱毛症っていう病気で髪がない"っていう"X"に対して何を思うか、どう思うか、はたまた何も思わないのかかわいそうだと思われてるのか哀れまれてるのかばかにされてるのかそんなこと大して気にもしてないのかそれはわたしにはわかんないけどどう思われても別にいいやって思う。酷い言葉を言われれば、そりゃ傷つきますが。笑でも、自分以外の誰かに何を言われようともわたしがわたしであることに変わりはないし病気であること、髪がないことはわたしにはどうにもできないことだからそんなどうにもできないことを嘆き悲しみながら生きるなんて嫌だなーって。これがわたしなんです。よろしくね(ㆁωㆁ*)って明るく生きるほうがわたしらしいなって思ってます。だからそういう風な人でありたいし、そういう風に生きていきたいなって思う。周りに理解を求めようとすることももちろん大切だけどそれより何より、自分の中にコレ!っていう芯となるものを核となるものを持つことができたらきっとどこに行っても、誰に対しても、自分らしくいられると思う。それってすごい強みだと思う。落ち込んでも、泣いても、時にブレそうになってもいいから周りに振り回されない、自分らしさを大事にしていけたらいいなーなんてことをふと考えてたら思ってたより長ったらしくて難しい話になってしまったな。笑ともかくひとつ。病気と共に生きていくってことが必ずしも暗く、辛いことではなくなるといいな、って話でした。

親子だって人と人

今年中には新しい挑戦をすることを家族にも誰にも言えてないけど自分の中ではもうずっと前から決めていておまけに上司というか、雇い主の医者が本気でヤバい人だからそれもあって今の職場を辞めたいんだって愚痴混じりに親に言うといつもいつも「お母さんだって職場にヤバい人いる」だの「上司を嫌いじゃない人なんかいない」だのそんなことを言い返されて「でもやっぱり資格を持ってると強いよ」って話になってお荷物にならないとか、食いっぱぐれないとかいう話になって結局話が逸れたまま終わるいつものパターン。資格があるといいよ、って言うのはわたしの方なんだけどな。資格持ってる当人はそんなこと言ったことないんだけどな。確かに看護師とか、絶対いつになっても必要とされる仕事の資格は持っていて絶対損はないし、お荷物にもならないし、食いっぱぐれないだろうね。仕事を続けてれば。そうは思うよ。でもさ。それが全てではないと思うんだな。社会に出れば、合わない人がいるから辞めますなんて甘ったれたことできないってわかってるし今までだってそんな理由で愚痴吐いたりしたことはないのになんでいつも自分の話に変換するんだろ。なんでいつも自分と同じにしちゃうんだろ。今の職場を辞めるのに、上司になんて言おうかなって思ってたら「ここで働き始めたら病気が悪くなったんで…って言えば?」「ストレスで良くならないんです、って言えば何にも言い返せないんじゃない?」とか笑いながら母親に言われて。親のことは好きだし、大切だし、尊敬するところももちろんあるけどどうしてそんなことが笑いながら言えるの?ってどういう気持ちでその言葉を口にしてるの?って本気でわからなくなるときがある。ストレスで髪が抜けることもあるけどそれだけじゃない病気なことはわかってるはずなのになんでそんなこと言うの?って。そんなこと本気で言えると思ってるの?って。わたしがこの病気になって、親も辛いだろうなって思う。でもこういうこと言われると…さ。やっぱり髪のない、病気であるわたしの気持ちってわたしにしかわからないんだな、ってまた心閉ざしちゃうよ。それとも自分の考えすぎなのかな。もう親だとかそういうことじゃないのかも。人として理解できない部分があるのかな。わかんないなー。何考えてるんだかさっぱり。