わたしの想い、家族の想い


こんにちは。


涼しくなりましたね!だいぶ。

サウナのようななにわの街も、ここ数日はとても快適。

これがいつまで続くのか…

ここ最近の酷暑ぶりを思い返すと、このまま易々と秋を迎えさせてくれるようには思えないんだよなあ(-"-)







こちらに来てからはや1ヶ月ほど経ちまして

新しい仕事になってから2週間ほど経ちまして

毎日いろんなことを考えながら過ごしてます。


うん…本当にいろんなこと考えながら過ごしてるな。



去年の今頃はどんなこと考えてたんだっけ、とか思い返すことも多くて

日記を読み返したりしてたら

自分のことなのに涙が溢れ出てきたり。




その中で、去年の6月くらいかな?

家族に向けて「うゆ通信」なるものを作ったことがあって。

この病気がどういうものなのかとか

病気を受容するまでの段階とか

自分の思いや考えをまとめた資料を作ったことがあるんです。

真面目かよ(笑)


でも、言葉にして説明するのはなかなか難しい自分の中の葛藤を

どうにか家族には理解してほしい、っていう思いがあって

がんばって作ったんですよね。

万年美術の成績3だったわたしが振り絞って書いた絵も載せてね(笑)



ブログを通して出会った方々も、本当にいろいろな立場の方がいらっしゃって

皆さんとの関りを通じて新たに学べたこともたくさんあったし

そこからまた家族とお互いの心情を素直に語り合えたこともあったので


1年ちょっと前のわたしが抱えていた思いと家族の思いを

ちょっとつらつらっと載せてみようかと思います。

ちょっと長くなりますが…お時間あれば読んでみていただけたらと^^





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うゆ→家族のみんなへ


自分の考えていることや、気持ちを周囲に伝えることってなかなか難しくて

心配かけまいと思ってしたことが、結局みんなに迷惑をかける結果となってしまうことも多々あります。それはみんなが1番良く分かってくれていると思います。


今回はわたしの気持ちにフォーカスを当てて説明してみたけど

紹介した「受容の段階」は、本人だけじゃなくて家族も同じような段階を経験するんじゃないかと思います。

だから、わたしがこの病気になったことで家族がたくさん悩んだり、悲しんだり、無力感に苛まれたりしているんだろうなと思うと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

うちはお姉ちゃんもわたしも病気したりすることがなぜか多くて、その度にお父さんやお母さんは心を痛める機会も多いし…なんで我が家ばっかり、って思うよね本当にね。


正直みんながどれだけわたしのことを思いやって、気持ちをわかろうとしてくれても、わたしの気持ちすべてを理解するのは難しいと思っています。冷たい言い方かもしれないけど…なんだかんだ言ってもみんなには髪の毛があるからです。

だけど、それでもきっと、わたしの辛さをわかりたいと思ってくれているんだろうなと思ったから、今回このような形をとってみました。

そしてそれはみんなにも言えることで、病を抱える子をもつ親の気持ちや、病気に悩む妹をもつお姉ちゃんの気持ちは、わたしにはわかりません。

それでも、まるっとお互いの気持ちを分かり合うことは難しいけど、理解したいと思うこと、相手を思いやることはできるし、そうする努力が大切だよね、とも思います。


治りづらい病気ということもあって、この問題はきっと長く続いていくと思います。

まだわたしは自分の病気をちゃんと受け入れきれていなくて(昨年6月時点)、不安や悲しみや苦しみや辛さや怒りや…いろいろな感情といつも心で戦っていて、たくさんの葛藤があって、夜な夜な布団でひとり、ボロボロ泣くこともあります。

それで結局朝まで眠れなくて、昼夜逆転のような生活になってしまったり、せっかく起きても体が鉛のように重怠かったりと、私自身も嫌になるくらい心が疲れてしまっています。

「塞ぎ込んでいても何も変わらないんだ!前向いて行こう!」と思える日もあれば、「なんでわたしが…治る見込みもないしもう嫌だ…」と思う日もあって、見た目は元気に見えるかもしれないけど、心は闇のような泥沼の感情がいつも渦巻いています。

淀んだ感情と戦っているせいでみんなに害が及ぶといけないので、自分の部屋に引きこもったり、(当時まだ借りていた)病院の寮に何日か滞在したりして心を落ち着けられるように努力しています。

前ほど波はなくなったけど、今もまだ受容のプロセスを行ったり来たりしている状況なので、日によって気分の浮き沈みはあるけれども、決して不機嫌なわけではないです。自分の心の中の戦いで、周囲に八つ当たりしてはいけない!とは思っているんですがなかなか難しい時もあって…スミマセン。

それもこれも全部病気のせいだ!と思うけど、でも誰のせいでもないから、仕方ないです。


いつかはちゃんと前を向かなくちゃいけないんだと思っているし、時間のかかることだからこそ、いつまでもこうして休んでいるわけにはいかないこともわかってます。


ただ、一度看護師に復帰したけどうまくいかなかった、ってことがあるから、再び看護師として戻ることが、まだ少し怖いです。

でもその一方で、この経験をした自分だからこそ出来ることや、理解できることがあるのではないか、とも思っています。まだどうなるかはわからないけど…とりあえず引きこもりになったりニートになったりする気はさらさらないので安心してください。

何かほかにやりたいことあるかな?とか、他の仕事についても考えてみたけど…決して看護の仕事が嫌になって休んだわけじゃないし、他の仕事をするにしても、この病気の問題はいつも付きまとってくるものなので、だったら少しでもこういうことに理解のある医療の分野で働いたほうがいいのかな、とかいろいろ考えています。


まだ万全の状態になるまでには時間がかかりそうだけど、もう少しで、この病気とうまく付き合っていく方法を見つけて気持ちを整えていけそう…な気がしています。


なかなか言えないけど、いつも支えてくれてありがとうマイファミリー!^^

コメント欄設けておきますので何かあればどうぞ↓↓


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お父さん→うゆへ


あなたは本当に素晴らしい文章構成力を持ってますね!

大丈夫、心配ない、なんてホント無責任な言葉だと反省しました。

お姉ちゃんもうゆも、抱えているものはあるけど

父は決して不幸な家族だと思ってないよ!

父は幸せです。


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お母さん→うゆへ


病気を受け入れることは大変なことだと思います。

今、うゆはひとりで戦っているんだね。

お母さんに何が出来るかわからないけど、うゆが決めたことは全力で応援するよ。

何でも相談してね♪

うゆ通信、ありがとう^^


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お姉ちゃん→うゆへ


この1年ちょっとの間、うゆはいろんな現実と向き合って、ずっとずっと葛藤し続けてたんだね。

これを読んで、病気のこと、うゆの気持ちを改めてよく知ることができました。ありがとう。

1人になりたいとき、何も話したくないときもきっとあるだろうから、わたしからはあれこれ聞くことはあまりしないけど、頼りたいときや誰かに話したくなった時にはいつでも頼ってください。

また一緒に楽しいことたくさんしようね!


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…長いな。長いわ。指疲れてもた(笑)

ですがあともうひとつ、先日お母さんに

「仕事で家族の心情について書きたいから今の気持ち書いて送って~」と

無理なお願いをしたときに母が送ってくれた文面も載せときます。↓↓



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自分の娘が汎発性脱毛症という聞いたこともない病気になって、かなりショックを受けました。

発症当時は一人暮らしをしていたので、「まだ抜け続けているのかな?」と毎日心配で眠れなかったのを覚えています。

帰ってくるたびにどんどん減っていく髪の毛に、毎回不安な顔をしていたと思います。


「なんでうちの娘?」「なんでこの時期?」「今が1番楽しい時期なのに」


そんな感情ばかり溢れていましたが、それは本人が1番感じていたことでしょう。

代われるものなら代わってあげたいとか、私がそんな身体に産んでしまったからだとか

そんなことも思ってばかりいましたが

本人にとっては、そんな風に思われるのも辛かったようです。


死ぬ病気ではないけれど、死にたくなるような病気…

いくら自分に置き換えて考えてみても実際病気になってみないと本当の気持ちはだれにもわからないのだと思います。

どんなことをすれば少しでも寄り添えるのか、力になれるのか、今もわからないままです。


ただ一緒においしいご飯を食べること

一緒に買い物に出かけること

そんな普通のことをすることしかできないのです。


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うん。なんでしょうね。

やっぱり言葉にしないと、わかっているようでわかっていないこともあるなって

すごく思いました。



わたしは今回、自分が「看護師じゃない仕事をやってみたい」と突然言い出して

「大阪に行くから!」って家族に言い切って出てきたけど

誰も、わたしを引き止めることはしなかったんだよね。親戚もみんな。


それはたぶん、みんなが

悲しんだり苦しんだり迷ったりもがいたりしているわたしをみてきて

各々いろいろ考えてくれて

「うゆがそうしたいなら思う存分やったらいいよ」って思ってくれたからなんだろうなって。

それってすごくありがたいことで、すごく幸せなことだなって思う。



こっちに来てからお母さんと電話で話した時

「うゆが"看護師でいればみんなが喜ぶ”とか"自分は看護師でいなきゃいけないんだ”とか

 プレッシャーに感じちゃってたなら、本当に申し訳ないことしたなって思ってる。」

って言われて


15歳で看護学生になってから今までずっと喉につっかえてたものが取れたような気がしたんだよね。


それと同時に、いま看護ではない仕事を初めてやらせてもらっててわかったことがあって

お客様の声とか、ウィッグに対する思いを目にする機会があって

そこには病気になったことの悲しみや辛さやが綴られていて


あー、わたしはずっと心のどこかで「みんなに期待されてるから看護師やってるんだ」って思ってたけど

そうじゃなかったんだな。

やっぱりわたしは患者さんやご家族の側にいたいんだな。

自分は「看護が好き」なんだな。って。




せっかく大阪に行ったのに!何言うとんねん!って感じでしょ。

私もそう思うよ本当に(笑)



でもね、大阪に来なきゃわからなかったことだから。

看護じゃない世界を見てみて改めてちゃんと気づけたことだから

お金も手間もかかったし、たくさん心配もかけちゃったけど

「もっと看護の勉強がしたい」って「また看護師としてがんばりたい」って思えたことは

人生で本当に大切な、必要な学びを得られたなって思う。



なんて合理化?正当化?してるだけかもしれないけど!

これだから頑固者は困っちゃう(´_ゝ`)←お前だ






病気になってとっても辛かった。

見えない闇の中にどんどん引きずり込まれて


好きに髪型を変えることもできない

気分によって髪色を変えたり、パーマをかけたり

ヘアアレンジをすることだってできない


プールに行きたい、海に行きたい、遊園地に行きたい、温泉に行きたい、と思っても

いつだって「髪がない」「ウィッグを着けている」ってことが付いてきて

心の底から思い切り楽しむことはできなくなった。


だけどそれでも、わたしが病気になった意味はちゃんとあって

病気を抱えながらでも生きる意味はちゃんとあって

病気になったからこそ学べたことや、気づけた大切なことがある。



そんな風に思えることに出逢えたのは

すごく幸せなことである\( 'ω')/





こーんな長く書いて最後のまとめ方が全っ然ワカラナイんだけれども←

ともかく今後のことは、8月めいっぱいかけて考えて答えを出したいと思います(笑)



長らく読んでいただきありがとうございました!

病気に悩まれる方や、そのご家族の方の気持ちが少しでも

軽くなっていたら、とても嬉しく思います♪

そいじゃあまた!!

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uyutime

こんな僕にもできることがあると 教えてくれたのは あなたの笑顔でした